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研究の中心仮説

ゲノムの非コード領域に着目した生物種間比較を行い、配列の相同性に依存しない高次システムの進化的変遷や起源を解明する

転写システムは転写調節因子のDNA結合パターンとして表現できる

真核生物の転写調節因子は、ゲノム中に存在する約10塩基ほどの特定の配列パターンを認識して結合します。その認識配列には柔軟性があり、認識配列パターンの総称は転写因子結合モチーフ(例えばホメオドメインモチーフ)と呼ばれます。複数の転写因子が転写因子モチーフを介してDNA近傍に集まることで、機能的な遺伝子調節領域(シス調節領域)を形成します。 シス調節領域により個々の遺伝子の転写が促進または抑制され、結果として細胞のアイデンティティや細胞機能が備わります。このような転写因子の結合配列の機能的な組み合わせを、私たちはシス調節コードと呼んでいます。

シス調節コードは、転写因子の組み合わせによって規定されるため、必ずしも塩基配列の保存性に依存しません。そのため、中立進化によって塩基配列が広範に変化した遠縁な生物間であっても比較が可能であると期待できます。 私は、このシス調節コードの種間における保存性を探索し、塩基配列の保存性に依存しない、数億年以上の長い進化的時間スケールにわたる細胞のアイデンティティや機能の比較を目指します。

魚類とヒトの模式図を用いて、DNA配列のアラインメントに依存しない遺伝子制御の相同性を示す概念図。
配列アラインメントに依存しない遺伝子制御の相同性(Alignment-independent regulatory homology)という仮説。

研究目標

ヒトゲノムのうち遺伝子をコードする領域はたったの数%です。また、ヒトの遺伝子数は多くても3万遺伝子ほどしかありません。これらの遺伝子を使って、例えばヒトの脳においては、約900億個の神経細胞が作られ、神経細胞は数百~数千種類のサブタイプを構成します。このように多様な細胞を形成するためには、それぞれの遺伝子が適切なタイミングかつ特定の場所にて使用(遺伝子発現)される必要があります。個々の遺伝子の発現は、ヒトにおいては約3千の転写関連因子が織りなす転写調節システムにより制御されます。また他の動物においても、体の構造が単純か複雑かに関わらず、遺伝子の数は大まかに数万程度で、桁が同じです。つまり転写ネットワークの複雑化により、それぞれの生物にユニークな形質が生み出されます。進化の過程では、それぞれの遺伝子が機能を失ったり獲得したりするとともに、遺伝子の転写調節領域、つまりゲノムの非コード領域が変化していると分かってきました。それぞれの生物の進化過程で転写ネットワークがどのように変化するか、その多様性と共通性の詳細の解明はまだ始まったばかりです。

私はなかでも特に、多岐に及ぶ脊椎動物において、細胞のユニークな機能やアイデンティティを規定する転写システムの解析を志しています。さらに種間比較を行ない、転写システムの進化的変遷や起源の解明を目指しています。また将来的には、遺伝子工学を用いてヒトの細胞に新たな遺伝子発現調節モジュールを付与することにより、生物工学的アプローチも試みます。

研究アイデア

  • ゲノム配列から特定の細胞タイプを予測する

    さまざまな生物の膨大なゲノム配列が蓄積されつつあり、ゲノム情報を用いてそれぞれの動物独自の形質を生み出す仕組みが明らかにされています。網膜においては、それぞれの動物が特定の細胞タイプを備え、おのおのの光環境へ適応していると考えられています。それぞれの細胞タイプの増減の進化的変遷に着目することで、細胞の進化を支えるメカニズムの解明が期待できます。そのためには、なるべく多くの細胞タイプを幅広い生物において明らかにする必要があります。しかしながら、すべての動物において、大規模な組織サンプリングを行ない、細胞タイプをすべて明らかにするのは時間やコストの観点から現実的ではありません。そこで私は、特定の細胞が種に存在するのかを、ゲノム配列から判定するプロセスを構築します。具体的には、脊椎動物の視細胞サブタイプを対象とし、異なった視細胞サブタイプのレパートリーをもつ生物のゲノム配列を用いて視細胞種類の予測を試みます。

    核となるアイデアは、幅広い生物種から取得されたクロマチンアクセッシビリティをもとに、DNA配列からオープンクロマチン領域を予測するモデルです。これまでに取得した合計8種類の脊椎動物それぞれにおけるATAC-seqデータを用いて、それぞれの生物において予測モデルを樹立します。さらに、これらのモデルを統合して、生物種によらない細胞種の特徴を学習したユニバーサルモデルをつくります。ユニバーサルモデルによって予測されたクロマチンプロファイルをもとに細胞種である確率を算出し、調べた生物に特定の細胞タイプがあるかを調べます。

  • 眼の相同性の探求

    幅広い分類群にわたる動物は、外界の光を活用するため、眼球を持ちます。これら器官は、「光を受容する」や「光刺激を脳へ投射する」といった機能が相同です。興味深いことに、マウスのPAX6は眼球発生をハエの脚に誘導でき、つまり哺乳類とハエの転写制御因子PAX6はともに分子的に相互交換可能です。進化の過程で1度だけ眼球をつくる仕組みが生まれたと想定されています。しかしながら、遠縁な動物では、眼球の発生や、神経の種類はそれぞれ全く異なり、発現する遺伝子の類似性も乏しい。そこで、これまでに私が開発した細胞クラス比較法を、脊椎動物から無脊椎動物へと拡大して適応します。具体的にはシングルセルATAC-seqを、ホヤやハエなどの進化的に重要な位置を占める無脊椎動物において行い、転写因子モチーフの組み合わせを比べ、眼球の起源に迫りたい。またさらには、脊椎動物の網膜細胞クラスそれぞれに備わる転写因子モチーフの組み合わせの進化起源も合わせて同定されると期待できる。

  • 遺伝子転写を誘導する転写因子モチーフの組み合わせ

    私たちのこれまでの研究により、それぞれの細胞クラスにおいては、転写因子モチーフの組み合わせが種を超えて広く保存されていることが分かりました(論文)。その一方で、1つの機能的なシス領域を構成する、転写モチーフの組み合わせは分かっていません。そこで、ゼブラフィッシュ、アフリカツメガエル、ニワトリ、ネズミ、ヒトのオルガノイドなど、遺伝子導入系が確立されている生物においてスループットの高いレポーターアッセイをそれぞれの生物において行います。これにより、遺伝子転写と連関し、かつ進化的に保存された転写因子モチーフの組み合わせを見出します。